阿蘇西原新聞は阿蘇西原の粋な情報を発信するWEBマガジンです。

阿蘇西原新聞はじまり物語

熊本地震からのご縁

こんにちは!
阿蘇西原新聞ファンの皆さま、ありがとうございます。

さて、この阿蘇西原新聞が開局するには、ステキなステキな物語がありました。
今日は、そのことをお話させてください!

はっきり言って長いです。
でも、最後までお付き合い頂けましたら嬉しいです。

2016年4月14日・16日
熊本地震発生。

深夜、熊本地方を大きな地震が2度、襲いました。
私たち家族は、一夜で住む場所を無くしました。

自然が豊かな西原村の環境に魅せられ、夢のマイホームを建築しましたが、突然、マイホーム生活に終止符を打つことに。。。

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わずか2年ちょっとでマイホームを失いました
子ども3人をかかえ、これから先のことを考えると不安しかなかった私のもとに1人の友人から連絡が入りました。

友人「堀潤さんって知っとるね?」
私「誰ね?」
友人「なんさん連絡取ってみてん!」(とにかく連絡とってみて)
私「どやんすっとよか?」(どうすればいいの?)
友人「facebookに堀さんおらすけん連絡してみてん!」
私「わ、わ、わかった!やってみる!」

という流れで、私は見ず知らずの堀潤さんにFacebookのメッセンジャー機能を使い、ぶしつけで失礼かと思いましたが、とにかく必死だったので連絡させて頂きました。

なぜ必死だったというと。。。
実は、マイホームが無くなったことだけではなく、他にも深刻な問題を抱えていたからなのです。

私たちのマイホームは、西原村河原地区のグリーンヒル河原という住宅地にありました。
そこには、10世帯が利用する唯一の生活用道路がありましたが、熊本地震で見事に道路が崩壊してしまったのです。
そして、問題だったのが住宅地を通る唯一の道路が私道だったということでした。

私道は、基本的に個人の持ち物ですから、公的予算は一切ありません(自治体によっては一部予算がつく場合もあります)。
ということは、私道は全て住民の手で修復する必要がありました。
でも、その修復には5,000万円ほどの予算がかかると言われていました。
ということは単純計算で1世帯500万円。とてもそんな余裕はあるはずがありません。

困り果てていた私たちは、村へ陳情してみたりしたものの…やはり私道だからということで手立てがありませんでした。

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そのため、自分たちでも動きながら、この状況をたくさんの方に知って頂かなければ…と考えていました。
そこでこの現状を発信するお手伝いをお願いしたく、ジャーナリスト堀潤さんに連絡させて頂きました。

それがきっかけとなり、堀潤さんと一緒に伝える人になろう講座を主催されている恵比寿新聞の編集長である高橋ケンジさんとのご縁を頂きました。

2017年4月26日運命の出逢い
高橋編集長との初めての出逢いは、東京恵比寿にあるamuさんで開催された伝える人になろう講座でした。阿蘇地域でつくられたものを持って、熊本地震のことを関東の方へお伝えするために。そしてなんと、その日のうちに恵比寿ビール坂祭で熊本復興支援ブースを出して頂くことが決まったのです。当時の恵比寿新聞の記事にも取り上げられています。

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熊本地震をきっかけに、8bit newsを主宰されているジャーナリスト堀潤さんとご縁を頂いたことから恵比寿新聞高橋編集長とのご縁を頂きました。

それから、数ヶ月後。

ジャーナリスト堀さんや高橋編集長と共に熊本の被災地の子ども達に笑顔を届けたいと毎月マリオネット人形を寄贈するという支援活動を続けていらっしゃるマリオネット人形作家のオレンジパフェさんとの出逢いがありました。

オレンジパフェさんは、現在、初の個展を恵比寿ガーデンプレイスで12月25日まで開催中ですよ♩我が家のブルテリアBENもオレンジパフェさんにつくって頂きました!
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その支援活動で熊本を訪れていた高橋編集長から、ある日

高橋編集長「あ、川野さん。阿蘇西原新聞やりま…」

私「やります!」

とお話を頂き、現在に至る訳です。

これが、阿蘇西原新聞のはじまり物語です。
たくさんの方々からの支援のリレーのおかげ様なのです。
本当にありがとうございます!!!

これから、スローペースではありますが、阿蘇地域の復興、グルメ、モノ、そして観光のことなど幅広く、そして柔軟に発信していきます。
世界中の皆さま、どうぞ宜しくお願い致します。

まだ阿蘇地域のことを知らない方、いらっしゃったことのない方、ぜひ知って、そして遊びにいらしてくださいね!

最後までお読み頂き、ありがとうございました♡

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